【ディボーション継続チャレンジ!】 創世記18章9〜15節 〜42日目〜

ディボーション

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今日のディボーション

神様の約束を信じ、祈り続けることが大事であるけれど、本当にそれが難しい。継続してディボーションを楽しもう。

主イエス・キリストの 2024年 3月4日(月)聖書箇所:創世記18:9-15(P.42)

<霊的備え>
シオンを巡り その周りを歩け。その塔を数えよ。その城壁に心を留めよ。
その宮殿を巡り歩け。後の時代に語り伝えるために。この方こそまさしく神。
世々限りなく われらの神。神は 死を越えて私たちを導かれる。  (詩篇48:12-14)

<理解の手引き>
 主は今まで、アブラハムを取り扱い、様々な点において彼を砕かれました。それは、彼が約束の子を受けるのにふさわしく、整えられるためです。
 しかし、今度はサラを、ここで取り扱われます。主はサラに、子どもを与える約束をされました。しかし、サラはそれが信じられず、心の中で笑ったのでした。それは、こんな年寄り夫婦に子どもが与えられるなど、不可能だと考えたからです。これは、不信仰からくる自嘲的な笑いでした。
 主は、これに対して、「主に不可能なことがあろうか」と答えました。主はこのように語ることによって、サラが現実の状況にではなく、主ご自身に目を留めるようにされたのです。
 サラは恐ろしくなり、「私は笑いませんでした」と言って、自分の不信仰を隠そうとしました。しかし、私たちが信仰に堅く立つためには、まず、自分の不信仰を率直に認めることが大切です。

<考えてみよう>
(観察)主の約束に対して、サラはどのような態度を示しましたか?

今更?という諦めと期待をしない苦笑い

(解釈)主は何故、彼らがもっと若い時にではなくて、歳をとってからこのような約束を与えられたのでしょう。

この約束が神様の力と導きによってなされたことを当事者も周りの人も信じるようになるため。

(適用)ここから、信仰について、あるいは神についてどんなことを学ぶことができますか?

もう無理だという状況で、神様によらずにはなされないと思える謙虚な姿勢から、神様は事をなされる。自分の力や努力に頼っている時点で、うまくいくはずない。

<心に残ったみことばや気づき>

神様の導きであると心から思えることが何よりも大事。この世界は、神様から離れさせて、努力と論理性に頼らせる。努力と論理を超えた神様の業を見させないようにする誘惑が多くある。

<今日の祈り> (教えられたことを短い祈りで表す)

うまくいかないことが続くと本当に実現するのか、信じ続けていいのかと疑いたくなるけれども、神様に頼ること、導きを信じることを続けていけますように。アーメン

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