【いつまで続くかチャレンジ!】ディボーション 創世記12章10〜20節 〜27日目〜

ディボーション

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今日のディボーション

家族で一緒にディボーションするのっていいですね。小さな子どもでもみことばをただ聴くことに意味があると思う。読み聞かせをしたい本は、絵本よりも聖書でありたいな。

主イエス・キリストの 2024年 2月 9日(金)聖書箇所:創世記 12:10-20 (P.27)

<霊的備え>
味わい 見つめよ。主がいつくしみ深い方であることを。
幸いなことよ 主に身を避ける人は。主を恐れよ。主の聖徒たちよ。
主を恐れる者には 乏しいことがないからだ。 (詩篇 34:8-9)

<理解の手引き>
 アブラム(アブラハム)は、神によって導かれた約束の地で、飢饉に直面しました。それは、アブラム(アブラハム)が約束の地で経験した最初の試練でした。そのため、アブラム(アブラハム)はその約束の地を離れ、エジプトに下っていきました。
 しかし、それは神によって導かれたことではなく、妥協による選択と言っても良いでしょう。このような信仰によらない行為は、神の祝福を受けることができないばかりか、罪を犯すすきを与えてしまいます。
 案の定、アブラム(アブラハム)はエジプトの地で偽りの罪を犯してしまったのです。しかし、そのような中でも、神の救いの御手は、罪を犯したアブラム(アブラハム)の上に伸ばされ続けられたのです。ここに、神の真実があると言っても良いでしょう。信仰の父と呼ばれたアブラハムも、最初からすばらしい信仰を持っていた訳ではなかったのです。

<考えてみよう>
(観察)エジプトに下っていったアブラム(アブラハム)は、そこでどんな罪を犯しましたか?

妻のサライを自分の妹だと偽る罪

(解釈)何故、彼はそのような罪を犯してしまったのでしょうか?

神様が導いていることではなかったから

(適用)私たちが、罪を犯したり、誘惑に陥る時は、どのような時でしょうか?

神様から離れ、自分の考えを優先する時。自分が神に成り代わる時。

<心に残ったみことばや気づき>

神様の考えや御心でない方向に進む時に、神様からどんどん離れ、罪や失敗に陥る

<今日の祈り> (教えられたことを短い祈りで表す)

神様の導いておられることが何であるのかみことばを通して私に教えてください。そして、罪の道ではなく、神様の願う道をいつも思い出し、歩んでいけますようにしてください。アーメン

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